今回は、仕事論として考えてみたい。
会社員時代を振り返ると、仕事は多くの時間、「与えられるもの」であり、「降ってくるもの」だった。
それは当然の話でもある。何も知らない段階で、自分で仕事を創れるわけがない。
ところが、ある程度キャリアを積み、「仕事は自分で創れ」と言われるようになっても、現実はそう簡単ではない。
キャリアを積めば積むほど、既存システムの中から仕事は次々と降ってくる。
その結果、自分で仕事を定義し、設計し、創るという経験をする機会は、むしろ少なくなっていく。
降ってくる仕事の処理がうまければうまいほど、
「優秀」であるがゆえに、仕事の定義そのものを考える機会を失う。
そして、仕事を創るという行為の幅は、知らず知らずのうちに狭くなっていく。
さて、新規事業である。
新規事業もまた、表面的には「降ってくる仕事」が多い。
「我が社も新規事業だ」という、あの類の話だ。
しかし、新規事業は既存事業と違って、確立した土台がない。
そのため時間軸の中で変わりやすい。
始めたり止めたり、領域が急に変わったりする。
そこまで大きく変わらなくても、力の入れ方は頻繁に揺れる。
この状況で、新規事業を
「与えられた仕事」
「降ってきた仕事」
として扱っていると、ひたすら振り回されることになる。
だからこそ、新規事業は仕事として、
与えられたものから始まりながらも、
自分なりに仕事を定義し、設計し、創り直していく必要がある。
新規事業は、仕事論として見れば、
「仕事を創る側に回るための入口」だ。
そして、外部環境や方針変更といった時間軸の揺れに対しても、
振り回されない一貫性を自らの中に(そして企業組織の中に)築いていく仕事になる。
新規事業が難しいのは、不確実性が高いからではない。
仕事を“処理する側”から“定義する側”へと立場を切り替えることを、
否応なく求められるからなのだと思う。