「失われた30年」は、価値創造にフォーカスしてきた私の中心テーマである。
現象として見れば、これはシンプルだ。
価値創造の場所が変わったのに、そこへ移動できなかった。
その要因として、よく挙げられるのは以下のようなものだ。
• KPI偏重
• プロセス過多・プロセス偏重
• デジタルツールによる“数字化の呪縛”
• 複雑化・専門化による官僚化
確かに、どれも間違ってはいない。
しかし、これらはあくまで結果論ではないか。
本当の問題は、それらを運用する「人」の側にある——というのが、私の仮説だ。
マクロに見れば、探索を合理性で潰してしまうのは経営者の責任である。
だが一方で、経営者こそが探索の必要性を最も理解し、それを求めている存在でもある。
では、なぜ探索ができないのか。
それは単に経営者個人の問題ではなく、
経営を支える“コンテキスト”の問題ではないか。
経営チーム、主要株主、社外取締役……そこには多くの登場人物がいる。
しかし、鍵を握っているのは、実は企業内の「中間層」なのではないか。
経営者が旗を振る。
外部の識者が優れたコンセプトを語る。
しかし、それを本当に理解し、熱意を持って現場へ落とし込み、実現へ向けて動かすのは企業内部の人間である。
特に、実務を仕切る中間層の存在は不可欠だ。
かつては、良くも悪くも“勝手な思い込み”で未来価値を語る中間層が存在していた。
数字化されたKPIもなく、会議や報告に埋め尽くされてもいなかった時代、
彼らは現場の中で未来を勝手に構想し、動き、翻訳し、媒介していた。
しかし、デジタルツールが浸透し、
KPIで管理され、
「失敗しないこと」が仕事になるにつれ、
そのような中間層は消えていった。
そして、その流れは「失われた30年」と見事に同期している。
探索には、体制もプロセスも必要だ。
投資も必要だ。
だが、最終的には「やる人」がいなければ始まらない。
不確実性に耐えながら前に進むには、
単にプロジェクトを理解しているだけでは足りない。
困難を乗り越えてでも実現したいという、意欲や情熱が必要になる。
そうした人材を現場へ送り出していた存在——
企業内の実行者であり、翻訳者であり、媒介者であった中間層が、
いま消失してしまった。
それこそが、日本企業が大きな価値創造へ踏み出せなくなった、
深層にある本質的な問題なのではないか。