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新規事業に力を

Power to the New business

迷走する新規事業

なぜ、新規事業が立ち上がらないのか?

question

世の中にはたくさんの手段・プロセス(以後、ツールと総称)を示した本、
記事がありますが、それらを使ってなぜ新規事業は立ち上がらないのか?

壁のひとつは、それらのツールを有効に使うためには使いこなす経験が要るということです。

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  • いろいろなツールをどの場面で何をどう使うか?
  • それらのツールの得手不得手。場面への適応性の理解。
  • ツールを使いながら目標の解像度をあげてゆく。

これらは経験がないとできないことです。
そして、よく見られるのが以下の状況です。

  • ツールを使うことが目的化する
  • 当初の目標からずれた方向へ
    行ってしまう
  • 目標の解像度が上がらずに矮小
    化したものになってしまう

結果として、

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戦略負け

腹に落ちた戦略を創れない。
オープンイノベーション、 AIなど流行りの手段に
乗ろうとするが、目的を創れない。

継続
できない

腹に落ちないと続かない。哲学の欠如。

提供価値

経験と知見に基づき、
具体的に創るところを
一緒にやっていきます

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意思決定の構造

意思決定の構造

既存事業においては、意思決定者、責任者は決まっているようで決まってない。
それらはプロセスの中に埋め込まれている。
顧客、商品、販売チャネル、予算、評価、技術、組織・・これらは業務プロセスの中に埋め込まれており、大きく逸脱することはない。仕組みと慣性が事業を前に進める。
ある日、責任者が突然いなくなっても、売り上げが半減するわけではないし、継続的に進められなくなることもない。
この現象は一つの勝利の証でもある。“勝ちパターン”を持ったということだ。

この意思決定構造、責任の構造は事業転換や、新規事業、事業売却など、これまでと異なることをやる際には全く機能しなくなる。
既存事業のやり方を当てはめると一瞬で機能不全になる。
これまでと違うことをしなくてはいけないだけでなく、それぞれの部分が持っている判断基準そのものが、既存事業を前提としているからだ。
それぞれが正しい判断をしても、全体として正しい判断になるとは限らない。
むしろ、それぞれが正しく判断するほど、既存事業へ引き戻されることさえある。
部分最適が全体最適にならない。
全体を通して、判断する主体が必要になる。

この意思決定の構造、責任の構造の違いはオペレーションシステムの違いである。
“両利きの経営”を理解していても、実行できないのは、このオペレーションシステムの違いを理解していないことが大きい。意思決定構造、責任構造の違いを理解し、変えることができない、と言い換えてもよい。

実行に関わるキーパーソンがこの意思決定の構造を理解し、マネジメントできなければ事業変革、新規事業・・・M&A、事業売却なども進められないということになる。
トップだけがわかっていても実行できない原因でもある。

AIによる格差増幅 Ⅱ

AIによる格差増幅 Ⅱ

人の能力格差がAIによって増幅的に拡大する・・というのが、前回の主旨であった。
今回はその違いが企業間に広がる、という話をしてみよう。

今回の言いたいことをまとめるとこんな感じになる。
同じような業種でも、「AIを効率化に使うことに留まる企業」と「AIを価値創造に使う企業」で格差が広がる。その差は増幅されて広がるだろう。

この差が明確になるのはある程度の時間軸がある。当面は効率化競争でよい。しかし、効率化はキャッチアップ可能であるし、時間がたつにつれツール化されて簡単になる。
その後にくるのは容赦ない価値の差になる。
効率化競争の先に価値創造があるわけではない。
ここは違う競争なのだ。
技術を磨き、製品を作ることに集中しているうちに、価値の中心を別のところに取られる。
ITや半導体でも同じことを味わってきた。
今流行りのフィジカルAIなんて・・よくよく考えないと同じ轍を踏みそうだ。

これほど、「問いの力」、「構想力」が求められるのもAIがそのレベル差を大幅に増幅するからに他ならない。
今、この時点の“問い”が先を決める。

AIによる格差増幅

AIによる格差増幅

AIによって世界が変わる・・確かにいろんな分野で変化は起きそうだ。しかもかなりドラスティックな変化だ。でも技術は急速に進化しても人間は急速に変われない。
大きな変化はこれからだろう。しかもじわじわ時間をかけてやってくると思われる。

ではどこから変わるのか?
まぁ通り一遍の効率化はさておいて、“価値”の部分では働く人の格差じゃないか?

ツールとしてのAIは日々進化している。使い手としては調査やデータチェックなど一瞬で終わってしまう。それを整理して、まとめることも簡単だ。
こうなると、「どうまとめるか?」「どういう視点で整理するか」という最終価値の話になる。
これは使い手の課題設定、課題設計に依存する。さらにそこから新たな視点、複合的な視点への発展もAIとの会話で増幅される。まとめを起点にさらなる課題設定、課題設計が生まれ、新たな視点、多角的な視点が生まれる。新しい価値になる。

課題設定にスキルのある人はAIによって視点の発展が加速的に得られる。
しかし、そもそもの課題設定が低ければ、整理はできるが発展はない。
これまでも実社会では課題設定スキルの格差は大きかったが、この格差はAIによって増幅される。ものすごい違いを生みそうだ。

聞けば答えるAIであるが、何を聞くかが問題だ。
働く人の・・使い手による格差拡大が最初に来る・・というのが実感だ。

仕事の価値

仕事の価値

仕事の価値を考えてみる。
仕事には価値がある前提だろうが、本当にそうだろうか?
価値のあるものもあるが、価値のないものもある。少なくとも、価値の大小はある。
さらに、価値の大小は人によって異なる。価値観の違い、というヤツだ。

この前提に立てば、“仕事”というヤツの中身を価値で分解して見る必要がある。
価値の大きいものもあれば、小さいものもある。
この分解なくして、自分の仕事の価値は上がらない。つまり、自分の価値も上がらない。

価値の大きいところは自分でやり、小さいところはできる奴に任せる。
そして、自分はさらに価値の大きいところへ挑戦する・・これが成長というもので、こう考えると成長には終わりがない。
世の中、忙しい人が多いが、多くの人は仕事の価値の分解を行わないで忙しくなっているのではないか、と思う。
自分の成長に従って、仕事をやり続けていくと、いつかは自分の容量にぶつかる。
ここで留まると、人は無能になるまで昇進するという「ピーターの法則」だ。

「仕事の価値」は「自分の価値」でもある。

育成再考

育成再考

事業開発能力の育成はできない、発掘、発見することだ・・と以前、書いた。
今回はそれを再考してみよう。

研修などで育成できるかというと、それについては懐疑的で変わらない。
では研修や役割としての経験が、役に立たないか‥と言えば、そんなこともないだろう。
まず、受けた当人について。
新しい世界の入口になったり、学習によって覚醒するきっかけになることは間違いない。
これがきっかけで事業開発を仕事にするようになる人もそれなりにいる。
では自律的に駆動できるレベル(あくまでも私の主観であります)はどうか?

事業開発の世界に20年くらいは携わり、まぁザクっと100人くらいは見てきたと思うが、そのレベルに覚醒する確率はものすご~く低いと言わざるを得ない。
したがって、結論的に言えば (自律的に駆動できるレベルの)育成はできない、となる。
まぁ個別に教えたりしたことはないが・・機会は通常では考えられないくらい提供したのではないと思う。
学習と経験は必須であるが、それが揃ったからといって、覚醒するものではないようだ。
そのあたりがプロセスやテンプレートが揃っている仕事(ジョブ)との違いなのだろう。
すると・・やはり資質なのだろうか? センスというヤツ?
あいつはセンスがある・・・そういう人に学習と経験が揃うと飛躍的に伸びる。
これは数はものすご~く少ないながら、ある。

自律的に駆動できるレベルの人がそんなに必要なわけでもないと思うし、その人をサポートする環境も必要なことを考えれば、研修とか経験は必要だろう。
一方で、核になる「自律駆動型の人」がいないと何も起こらない。

育成に関する要素と構造はまだまだ検討課題である。
今回の再考でそれをあらためて認識した。

中間層再考

中間層再考

中間層の欠落が企業のエネルギーを失わせている、という仮説を立てているが、これは企業内部の現象にとどまらず、経済全般から政治、社会の課題としても成り立ちそうだ。

そもそも中間層とは何ぞや?
社会的に、経済的に、成長過程にあり、自分のことだけではなく、社会の未来を考えることができる層、というのが俺の定義。
これは企業内で言えば、成長過程にあり、ポジション的に自分のことだけではなく、企業の未来を考えることができる層、ということになる。

自分のことだけしか考えられないのでは、社会や企業の未来を考えることもないし、持続可能な長期的な視点で考えることもできない。
利己的で、刹那的な視点でしか考えられない。この視点の層が大多数になり、長期視点、全体最適、という視点が失われると混沌とし、事態は悪化する。
まさに今、世界でも多数派が利己的で、その考えが通ってしまうと明らかに全体最適から外れてしまう。持続可能性はゼロだ。

中間層を育てるのは仕組みではない。
歴史を参照すれば・・教育ということになるのだろうか。
社会…は荷が重いが、企業の対応は構造化できそう。
継続的に考察していこう。

自分の選択で生きる

自分の選択で生きる

自分で選ぶのは楽しい。
定食のAとBを選ぶのも悪くない。
でも、自分でメニューを考える方がずっと楽しい。
考えなくちゃいけないし、失敗するかもしれない。
それが楽しい。

最初から自分で選択肢を作れる人はいない。
だって知らないんだから。
何があるのかも知らないし、何が面白いのかもわからない。
まずは学校を選び、会社を選び、仕事を選ぶ。
用意された選択肢の中から選ぶ。それでいい。
経験を積むと、「あれ?本当にこれしかないの?」
と思うことがある。別のやり方もあるんじゃないか。
もっと面白いやり方があるんじゃないか。
そして少しだけ、自分で選択肢を作ってみる。
うまくいくかどうかは関係ない。
自分で考えて、自分で決める。
納得感がある。
失敗しても「まぁ自分で決めたしな」となる。
人に決められた失敗は腹が立つけど、自分で決めた失敗は味わい深い。

新規事業には正解がない。
誰も選択肢を用意してくれない。
市場はどうなる?
顧客は誰?
何を価値にする?
全部、自分で考える。
効率は悪い。苦難も多い。辿り着かないこともある。
でも面白い。そして発見がある。
発見があると次の選択肢が見えてくる。増えてくる。
そうして確率も上がってくる。

自分の選択で生きる、というのは
自分で選択肢を作り、選択することを楽しみ、結果を引き受けることだと思う。

道具は使い手次第

道具は使い手次第

AI騒動には既視感がある。
ドットコム騒動、クラウド・・何度も繰り返されてきた。
「今回はこれまでとは違う!」
もちろん、そういう側面はあるし、実際に社会を変えてきた。

一方で、より際立つのは“道具は使い手次第”ということ。
皆が同じように使えるものであればあるほど、それが際立つ。
今のところ、“道具”は使い手の能力次第で、その能力の違いを増幅するものに過ぎない。
だから「どう使うか?」が重要なのはこれまでと変わらない。

「効率化に使う」と「価値創造に使う」はベクトルが違う。
さて、どう使うか?