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My Sight

私が仕事で思ったこと、感じたこと、気になること、をメモ的に書いていきます。

事業を動かす二つのプロセス

事業を動かす二つのプロセス

探索と深化の対比を価値観で捉えると、
探索=発見・挑戦・覚悟
深化=達成・継続・熟練
という二つの軸で表せる。
これをプロセスの観点から見ると、両者の構造とアプローチの違いがより鮮明になる。

既存事業の深化は、「達成・継続・熟練」という価値観のもとで積み上げ型のアプローチとなる。主力事業として成果を確実に積み重ね、継続することで強化され、熟練の技が競争力を生み出す。ここでは「施策を達成すること」が何よりも重視される。
一方で、新規事業の探索は積み上げでは生まれない。
最初にあるのは「目指すもの=ビジョン」であり、それに挑戦しながら、その過程で発見を繰り返し、未知に立ち向かう覚悟が求められる。積み上げる対象はまだ存在せず、むしろ将来の「積み上げの土台」をつくる過程にある。ここではトップダウン型のアプローチが必要で、成果が得られるかどうかすら不確実だ。
したがって、プロセスとしてみた場合、両者は考える方向が真逆になる。
この違いを理解しないと、価値観の差を知っていても実行に移すことはできない。

深化の価値観

深化の価値観

探索の価値観に対する深化の価値観を考えてみる。
探索したものは深化(進化)させなくてはならない。なので、対になる価値観ではなく発展的なものになる。現時点で考えたものは 「達成」・「継続」・「熟練」 というもの。

発見したものを深く掘る。価値としての本質を磨き続ける。価値の本質へ到達することが「達成」となる。
価値の本質へ到達するためには粘り強い「継続」が必要になる。一つ一つ積みあげる価値に重きを置かなくては決して到達しない。
同じ対象に向き合い、積上げていくことで得られる深い理解、技術。これが「熟練」。

“探索”と“深化”は対になるものではなく、発展的な関係にあるが、時間軸としては圧倒的に深化が長い。そして長い長い深化の成果が規模を持つ企業体という成果になる。
企業体は深化の果てが見えたときに探索に出ようとするが、その時には既に探索の価値観は企業体内部では希少になり、その希少価値を活かす術も希少となる。
それは達成率にこだわり、継続して数字をたたき出すことに熟練した経営リーダー。
長い深化の時間軸の中で経営リーダーは深化の価値観を強化した者になり、探索の価値観を活かす術は困難となる。

世の中にあまたあるテクニカルな方法論の知識や理解はあっても、探索に対する価値観をもたないと役に立たない。これが“両利きの経営”のハードルの本質。

発見・挑戦・覚悟

発見・挑戦・覚悟

探索の価値観を自分なりに考えてみた。
それが「発見」・「挑戦」・「覚悟」ということかなと今は思っている。

最初にくるのは“発見”。
何のために探索するのか? その目的を最初に置いた。
発見には好奇心、探求、学びが必要で、やってみなくちゃわからないという前に調べられる限りは調べて探求し、学べるものは学ぶ。そして、その先に何があるのか? どんな世界が広がっているのか? その好奇心が発見に導く。
これが革新を創り、成長をもたらし、意味を創り、価値を創る。

次が“挑戦”。
リスクを取る。リスクを取らないものに価値はない。
難しい・・と言うが、難しくないものに価値は宿らない。だから挑戦する。
予定通り行かない・・だから楽しい。だから、金を使うだけの価値がある。

最後は“覚悟”。
信念、志、執念・・・などと言ってもよい。これらがなければ続かない。
続かないものに価値は生まれない。

探索をやるなら、新規事業をやるなら、やる方もやらせる方もこの価値観を共有しなくてはならない。そしてこれが共通の評価軸になる。
成果は約束されない。けれど成果の出たものはこの価値観を外してはいない。

探索の価値観

探索の価値観

自信を持って“探索(新規事業の探索)”をしていますか?
自信がないと・・ためらいや迷いが起こり、既にある事業の価値観に押しつぶされてしまう。やっている人の「迷惑をかけてすみません」、「やらせていただき、ありがとうございます」などの言葉は自分のやっていることに自信が持てず、既存事業の価値観の中に取り込まれている。自分の中に軸となる価値観がないと、やっていることに自信も持てないし、成果も期待できない。
迷惑と思うならやらなければいいし、やるべきではない。当然、成果も期待できない。
やらせてもらわないとできないなら・・育成的(発掘)な価値はあるかも知れないけど・・やはり成果は期待できないね。

探索は企業がやりたいこと、やらなければいけないと考えているから起こる。
ここにためらいがあるなら、新規事業などやらない方がいい。金と時間と人材活用の無駄になるだけ。だからやらせる方も探索の価値観がいる。やる方も探索の価値観に自信を持ってやらないと無駄になる。
企業の未来を背負って探索に出る。これが探索の価値観のベースになる。

育成とは・・

育成とは・・

「人材育成についてどう考えていますか?」と聞かれて・・ハタと困った。育成ってしたことあったっけ? できるんだっけ? できたことあったっけ?
結論と言うか、結果論として言えば、育成はできない。本人のやろうと思う気持ちに火をつけることしかできない。そういう人を発掘する・・ということになる。
育成ではなく、発掘だ。

考えて、それを実行し、自分なりの価値観を創り上げ、その世界を広げていく・・というのが求めるところだが、教えられるものじゃない。気づくもので、せいぜいその入り口やきっかけを提供するくらいか。あとは実践の場の提供かな。
気づける人は気づいて自律的に成長する。気づけない人はずっと受け身のまま。
素の能力の差というより、指向の違いが大きいんじゃないかな。
価値観を創りあげるには実行の頻度と経験学習の蓄積がある程度は必要なので・・最初の一歩をクリアするには時間がかかる。遅すぎることはない・・と言いたいところだが、早いにこしたことはない。
早く気づいちゃった人は経験を求めて、実践に向かい、太い価値観を創って行く。気づかない人は・・・ずっと受け身で待っている。
だから、育成なんてできる気がしないんだよなぁ・・・。できるのはガイドするくらい。だから事業開発ガイドと言っている。

結果論と未来への確信

結果論と未来への確信

結果論は結果がわかっているので正解がわかる。なぜそれを選んだのか、選ばなかったのかが手に取るようにわかる。
結果がわかる事例で徹底的に重要なのは、それを選択したときに自分なら何を選択するか? である。その意味では結果は答えとも言いきれない。その時点では答えはわからないし、他の選択の方がもっと結果がよいことだってありうる。
結果がわからない時点で選択するために、合理的な理由も必要だが・・・すべてがわかっているわけではない。そこにはその人ならではの未来への確信がある。確信できないまでも選択を悔やまない覚悟がいる。それを哲学と言ったり、生き方と言ったり・・まぁなんでもいいがそれを選択する覚悟なのだ。
未来への確信は、来る未来への覚悟とも言える。覚悟があればこそ、思い切った手を打てるし、迷いながらも全力を投入できる。

未来への確信を創るためには選択と覚悟の経験値が必要と思う。
日々の選択を覚悟を持って挑む経験の蓄積が未来への確信を生む。

モノからシステム

モノからシステム

単品としてのモノは持続的な価値提供ができない時代になった。モノはどんなに複雑なものでも最終的にはキャッチアップされるので、スケールすればフォロワーが数多く現れる。
キャッチアップされないのはスケールしない、ほどほどにニッチなモノなのだ。
モノ(製品)ビジネスとして単品でスケールする事業を描ける時代は終わったと言ってよいだろう。
しかし、モノからコトへと言われて久しいが、結局コトの中のモノにフォーカスしているケースが多い。それだけモノはわかりやすいのだろう。そして、モノビジネスで大成功してきた成功体験から抜け出せないのだろう。
これは忘れられないというノスタルジーもあるが、それ以外の経験がなく発想できないというのが大きい。

なので、モノからコトではなく、モノからシステムと言い換えている。システムとして発想せよ、と。意識しようとしまいと、ネットでつながっている世界ではシステムとして使っている。つながってどう利用するか・・という世界になっている。
金が落ちるのはシステムとして利用価値の高い部分になる。それがモノのケースもないわけではないが、システムの一部としてその部分の価値が高いということに他ならない。
だから・・モノではなくシステムとして発想しよう!

戦略の順序

戦略の順序

物事には順序がある。
戦略も例外じゃない。一足飛びでいきなりゴールにたどり着こうとしても、だいたいはうまくいかない。
よくあるのが、「最終的にこういう状態になっていたい」って理想を思い描いて、そのゴールにぴったり合ったモノや仕組みをいきなり作り込もうとするパターン。でも、それだけじゃ狙い通りに進まないどころか、逆に遠ざかってしまうことさえある。
大事なのは、「こうなって → ああなって → 最終的にこうなる」っていうシナリオをちゃんと考えること。つまり、いきなり最終形を目指すんじゃなくて、その前に通るべき“順序”を踏んでいくことが必要だ。
ただし、ここで難しいのは――
そのシナリオ、たいてい思い通りにいかない。
だから、何度もシナリオを書き直すことになる。「このステップでこれが起きたから、次はこう動くか」って、その都度、ゴールへの道筋を修正していく。大きなゴールそのものはブレなくても、そこまでの中間目標や手段はどんどん変化していく。しかも、けっこう大きくブレる。
で、こういう“変化しながら進む”という感覚が、既存事業の感覚とは違う。

構造のしっかりした既存事業しか知らないと、どうしても「予定通り進める」「ギャップを分析して修正する」っていう型にはまりがち。すでに外れているルートをベースに、差異分析だけしても、本質的にはズレたまま。戦略の順序やルート全体を見直すって発想に至らない。
だから、「なんか違うなぁ」と感じていても、その違和感を解消できないまま、時間と手間を食い続けてしまう。
予定調和で動かす仕組みは、既存事業では強い。でも、新規事業や未知の領域では、“順序を書き換えながら進む”っていう、まったく違う進め方になる。ここの切り替えができないと、戦略自体が的を外し続けることになる。
戦略は、固定された地図じゃない。動かしながら描いていく“生き物”なんだと思う。

部分と全体

部分と全体

事業開発の相談でよくあるのが、こんな話。
「マーケティングをやりたいけど、経験ないし、やり方がわからない」
「この技術で何かやりたいけど、どう仕様に落とし込めばいいのかわからない」
……だいたいこんな感じなんだけど、共通しているのは“部分”の話ばかりだってこと。でも、ここだけ解決しても正直あんまりうまくいかない。
というのも、事業って全体がちゃんとつながって、初めて回るものだから。どこかが出来ていても、それだけじゃ機能しない。むしろ、全体が一通りつながっている方が大事。

じゃあ、なんでみんな“部分”ばっかり話すのか?
それは「事業全体を見る」っていう経験がないから。大きな企業で働いていると、全体像なんて見なくても、自分の担当だけやってればそれなりに結果が出る。でも新しい事業って、そもそも“全体の仕組み”がまだできてないから、部分だけ磨いても全然噛み合わない。ここが落とし穴。
たとえ「ビジネスってこうでしょ」って頭でわかっていても、新しい事業の“全体像”を自分で描けるかっていうと、それはまた別の話。
だから本当は、最初から完璧な構造を作るよりも、「ちょっと抜けていても、とりあえず回る全体」を意識した方がいい。システムとして、なんとなくでも回り始めれば、そこからどんどん磨けるから。
でもね、この“全体の見取り図を描く”っていう感覚自体が、わからない。本人も気づいてない。そこが新規事業のむずかしいところなんだと思う。

顧客要求の考察

顧客要求の考察

事業って、まずは「売れる」って実感が大事。これがあると、顧客のニーズが見えてくる。しかも、使ってくれた人から「こうしてほしい」「ここが使いにくい」なんて声が上がるようになったら、それはもうありがたい話。実際に使ってるってことだからね。
でも、ここで油断しちゃいけない。顧客の要求を全部そのまま聞いてたら事業が育つかって言うと、そううまくはいかない。大事なのは「誰が」「どの視点で」言ってるのか、そして「それが本当に市場全体にとって重要なのか」を見極めること。
事業を伸ばすには、「金を払ってでも欲しいもの」がどこにあるかを見つけないといけない。なのに、顧客要求ってやつは往々にして“本丸”からじゃなく、端っこから飛んでくる。これがやっかい。
しかも、具体的な要望をくれるお客さんほど、その業界の未来のことなんて考えてなかったりする。目の前の困りごとを教えてくれてるだけ。ありがたいけど、それをそのままやってたら、視野が狭くなってしまう。

だから大事なのは、「顧客の声をどう消化するか」。全部受け止める必要はないし、全部スルーするのも違う。その中から、事業を進める上でヒントになる部分を拾い上げて、自分たちなりに意味づけしていく。そこがセンスの見せどころ。
まあ、単純にやれることなら誰かがもうやってる。今の時代、情報は山ほどある。だからこそ、「何を拾って、どう料理するか」に魂が宿る。