歴史を見ると、事実とは何か?という問いにぶち当たる。
勝者と敗者があれば、どっちから見るかで同じ事柄がまったく違うものとして記述される。当然、古いものであれば勝者に寄ったものが多く、本当に起こったことやその要因はどこまでが事実なのだろうか。そうなると事実とは何だろうか?と思わざるをえない。
そう、事実とは相対的なものなのである。
数字の事実は間違えようがないが、重要なものはその解釈にあるケースがほとんどではないだろうか? 数字で決着できるものはその世界が定義されたものだ。しかし、そこに行きつくまでには多くの解釈を経てたどり着く。わかりきった世界はそれほど多くはない。