openhorizon_logo_black

My Sight

私が仕事で思ったこと、感じたこと、気になること、をメモ的に書いていきます。

発見の構造

発見の構造

何を見つけたか? 何に気づいたか?
それらが次なる洞察を呼ぶ。
これこそが指数的な・・とは言わないまでも、大きな成長、発展の源である。
既に勝ちパターンを持っている企業組織はこの“発見”の価値を見過ごしてしまう。日々、勝ちパターンの改善で小さな発見の連続で生きているので自分たちの活動の枠から外れたものを評価できないのは必然なのだろう。

企業組織の対局にあるスタートアップはこの発見の探索こそが価値であるのだが・・・最初に捕まえた“小さな発見”に集中してしまうケースをよく見る。
未知の世界の探索隊であるスタートアップは初期の小さな発見の展開に集中してしまっては大きな成長がない。
次々に新たな価値を発見しに行く旅に出ることが本来の価値なのではないか。

怒られるまでやってみる

怒られるまでやってみる

怒られないように仕事する。
組織人なら普通のことだが、新しいことをやる人には当てはまらない。
新しいことは管理、監督する方だって中身はよくわかっていない。怒られないようにしているだけでは、これまでの枠を飛び出すのは困難なのだ。
そこで、お勧めなのは “怒られるまでやってみる” だ。

どこまでやると怒られるのか? 自分の信用枠を試すことにもなるし、怒られたときに、なぜ怒るのか?理由を聞くことで上長の認識を知ることができる。
認識のしっかりした人はなぜ怒るのか説明できる、認識の曖昧な人は説明できない。
上長のレベルを判断するのも使える上に、自分の裁量枠を広げることにもつながる効果的なアプローチなのだ。怒られないように首をすくめているばかりではなにも得られない。

やってあげてる論

やってあげてる論

新規事業の話で出るのが、「やらせていただいている」、「やってもいいですか」という消極的と言うか・・卑屈と言えるような心の状況。さらに結果なぞ簡単に出るものでもないのに、「お金を使わせてもらっています・・」みたいな心持ち。
まるで個人の都合で、個人の趣味をやっているかのような話だ。

逆です。
会社はやりたいのだから、「やってあげている」のです。
しかも、誰もやる奴がいない。しかたないなぁ・・やってやるかぁ!が正しい。
投資を渋るなら、こう聞けばよろしい。「では、やらないということですね?」

揺るがないもの

揺るがないもの

ロジックやツールで溢れている。あらゆる成功例や新しい考え方は瞬時に広がり、共有される。
見てわかる、読んでわかるものには競争力は宿らない。

上っ面はともかく、何かを成し遂げるものにはブレない軸がある。揺るがないものがある。
一つのロジックで貫き通すも、見た目はコロコロ変わるも、その底辺には揺るがない思想がある。それがあるから、貫き通せるし、コロコロ変われる、ということ。
上っ面やロジックやツールでは判断できない。

苦しい < 楽しい

苦しい < 楽しい

苦しかったらやってられない。楽しくなければやり続けれられない。
仕事なんてなおさらだ。一日、8時間としてもこれが苦しければ、人生は苦しみで塗りつぶされている。無理やりでも楽しみを見つける必要がある。創れるならば創ろう。

世界はオープンでフラットになって・・楽しみでやっている奴が勝つ世界になってしまった。
楽しくて、どれだけやっても疲れを感じない奴といやいややっている奴では勝負にならない。
これは世界中で起こっていることだ。そして・・その世界がどんどん広がっている。
いやいややっているとダメなんだ。フラットな世界は楽しむ奴が勝つ。

野心のない日本

野心のない日本

“期待を創る”の裏返し。
予想のできるものにしか投資しない。予想のできないものにはリスク最小化を図る。
結果的に近視眼的になるし、小さいものになる。
ちょっと目先の新しいめの小さいことばかりで、大きい結果は望んでないんだ。

何ができるか、何がでてくるか、ワクワクするほどのビッグイシューはリスクが気になってしまい、今いる立地の中の話か、ちょっと染み出した陣取りしかできない。
それこそが最大のリスクとなっている立地にいることに気づかない。

期待を創る

期待を創る

期待するものがあると楽しみができる。
何が起こるかわからないとなおさらだ。賭け事やくじを買うのも同じ心理。何かしら期待することがあるとそれは楽しみになる。

仕事も同じ。何かしら期待できるものを仕込むことが仕事を面白くする。
予定調和じゃ面白くない。予想される結果だけでは楽しめない。
なので、何かしら未来に期待できる仕込みを入れておこう。

合目的の無駄

合目的の無駄

よくわからないものは結果以上に発見が重要になる。何を見つけたか、何に気づいたかという点がキーになるケースが多い。
あらかじめキーになるものがわかっていれば、それはその程度のものであることを考えれば、必然とも言える。

既存事業では目的をシャープにして、効率を上げる考えが、新規事業では必ずしもよい考えではない。目的を絞りこむことの重要性は変わらないが、目的外の余白に気を配ること、その発見が目的以上に重要なケースがあることを理解しておく必要がある。
セレンディピティとか好奇心。

金は使わないけど価値は産みたい?

金は使わないけど価値は産みたい?

投資はしないけど儲けたい・・こんな都合のよい話はないことは知っているはずなのになぜか新規事業ではこういう構図がよくある。
投資の覚悟がなく、現状の範囲内でちょっとやってみよう、というものだ。

上手くいったら投資したいと言うけれど、その“上手く”が定義できているケースはまれだろう。
何かはしたいけれど現状維持の心が透けて見えているし、本気で考えてないことが丸見えだ。
そして何よりも・・せこい。

新規事業の準備

新規事業の準備

新規事業への準備をどこまでするか?いつするか?は案外、難しい課題じゃなかろうか。
やったこともないのに準備だけすると、頭でっかちのプロセスができてしまう。かと言って、何も準備がないと独断と暴走が起こったりする。

どこで線を引くか?どこまで準備するか?には正解はなく、哲学が求められる。
どこまで行きたいのか?
どこまで許容できるのか?
そのために何が必要なのか?
これらの問いに対する自分の答え、チームの答えが求められる。