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My Sight

私が仕事で思ったこと、感じたこと、気になること、をメモ的に書いていきます。

“楽しむ”、が価値を創る

“楽しむ”、が価値を創る

ネットの利点の一つに情報の平準化があげられる。
あらゆる情報は検索すればおおよそはわかる。わからないこともすぐに調べられる。
したがって、大概のアイデアもどこかで考えられて、実行されている。
ではアイデアはどこで差がつくのだろう? 何が価値を変えるのか?

楽しんでやることには心がこもる。
楽しんでやることは細部へのこだわりを生む。
楽しんでやると・・その楽しさが伝わる。
楽しむが価値を創る。

探索の時間軸

探索の時間軸

変化は激しく、1年は7年に相当する・・いわゆるドッグイヤーという言葉があったけど、いまこそ長期視点が求められる時代なんじゃないかと思う。それも3年とか5年じゃなくて、100年単位の時間軸だ。
全てがつながる世界では、単品ではなく社会システムをビジョンにしなければ局所の世界に入り込んでしまい、極小の事業構想にとどまってしまう。単品の変化は大きくても社会システムが変わるには10年はかかる。そして、確実に変わる。インフラとなるデジタル化の歴史はそう見える。

探索は10年。本気でスケールを求めるなら100年から10年、5年と分解する力(仮説を創る力)が求められる。そうでなければ一貫性は担保できず、結果として蓄積も生まれない。
企業経営の “深化と探索” は “四半期と10年” という時間軸のマネジメント能力でもある。
DXだぁ、AIだぁにも四半期と10年~100年を見て、実行する力が求められる。
面白い時代だなぁ。

覚悟と結果論

覚悟と結果論

歴史を学ぶと結果論で判断することの怖さがわかる。
多様な因果の流れがあって、それらが集まって偶発的に強調し合って結果を作る。個別に取り出せば、それなりの理があってそれらを単純に原因にしてしまうことは無理があるし、結果の分析としては浅い。 一つ感じるのは一貫性が欠如したとき、または崩壊したときに予想もできない暴走が起こりえるということだ。

一貫性の欠如、崩壊が結果を生まないのは事業開発も同様だ。
では一貫性は何から生まれるのか? それは覚悟なのだろう。覚悟は結果に囚われない。それが一貫性を生む。覚悟の継続性が結果を生むと思っている。

時間軸の取り方

時間軸の取り方

ROICを考えるときに時間軸をどう取るかは大きな問題であるが、時間軸で分ける話をあまり聞かないのは不思議な話であると同時に、日本の置かれた状況を反映しているような気がしている。要は目的が曖昧なまま数値指標を使っている、ということだろう。
既存事業の多くは短期的なROICがガイドになるであろうが、事業構造そのものが変わる挑戦や新規事業には長期的なROICがガイドになる。大方の企業は多かれ少なかれ既存事業そのものが従来の延長と構造改革への挑戦を含んでいる。どちらかしかない事業はほぼ存在しないと思われる。この切り分けは事業の分解をしっかり定義しないとできないのだが・・・この分解と定義は単一解が存在しない。

日本の置かれた状況はこの分解と定義ができない・・やらないところにあるのではないかというのが仮説になる。大雑把に言うと、すべてが出来上がったものがベースになってしまってるんじゃないかということで、大企業ならずスタートアップも同じ構造ではないか・・という話。
仮説だけどね。

発見の構造

発見の構造

何を見つけたか? 何に気づいたか?
それらが次なる洞察を呼ぶ。
これこそが指数的な・・とは言わないまでも、大きな成長、発展の源である。
既に勝ちパターンを持っている企業組織はこの“発見”の価値を見過ごしてしまう。日々、勝ちパターンの改善で小さな発見の連続で生きているので自分たちの活動の枠から外れたものを評価できないのは必然なのだろう。

企業組織の対局にあるスタートアップはこの発見の探索こそが価値であるのだが・・・最初に捕まえた“小さな発見”に集中してしまうケースをよく見る。
未知の世界の探索隊であるスタートアップは初期の小さな発見の展開に集中してしまっては大きな成長がない。
次々に新たな価値を発見しに行く旅に出ることが本来の価値なのではないか。

怒られるまでやってみる

怒られるまでやってみる

怒られないように仕事する。
組織人なら普通のことだが、新しいことをやる人には当てはまらない。
新しいことは管理、監督する方だって中身はよくわかっていない。怒られないようにしているだけでは、これまでの枠を飛び出すのは困難なのだ。
そこで、お勧めなのは “怒られるまでやってみる” だ。

どこまでやると怒られるのか? 自分の信用枠を試すことにもなるし、怒られたときに、なぜ怒るのか?理由を聞くことで上長の認識を知ることができる。
認識のしっかりした人はなぜ怒るのか説明できる、認識の曖昧な人は説明できない。
上長のレベルを判断するのも使える上に、自分の裁量枠を広げることにもつながる効果的なアプローチなのだ。怒られないように首をすくめているばかりではなにも得られない。

やってあげてる論

やってあげてる論

新規事業の話で出るのが、「やらせていただいている」、「やってもいいですか」という消極的と言うか・・卑屈と言えるような心の状況。さらに結果なぞ簡単に出るものでもないのに、「お金を使わせてもらっています・・」みたいな心持ち。
まるで個人の都合で、個人の趣味をやっているかのような話だ。

逆です。
会社はやりたいのだから、「やってあげている」のです。
しかも、誰もやる奴がいない。しかたないなぁ・・やってやるかぁ!が正しい。
投資を渋るなら、こう聞けばよろしい。「では、やらないということですね?」

揺るがないもの

揺るがないもの

ロジックやツールで溢れている。あらゆる成功例や新しい考え方は瞬時に広がり、共有される。
見てわかる、読んでわかるものには競争力は宿らない。

上っ面はともかく、何かを成し遂げるものにはブレない軸がある。揺るがないものがある。
一つのロジックで貫き通すも、見た目はコロコロ変わるも、その底辺には揺るがない思想がある。それがあるから、貫き通せるし、コロコロ変われる、ということ。
上っ面やロジックやツールでは判断できない。

苦しい < 楽しい

苦しい < 楽しい

苦しかったらやってられない。楽しくなければやり続けれられない。
仕事なんてなおさらだ。一日、8時間としてもこれが苦しければ、人生は苦しみで塗りつぶされている。無理やりでも楽しみを見つける必要がある。創れるならば創ろう。

世界はオープンでフラットになって・・楽しみでやっている奴が勝つ世界になってしまった。
楽しくて、どれだけやっても疲れを感じない奴といやいややっている奴では勝負にならない。
これは世界中で起こっていることだ。そして・・その世界がどんどん広がっている。
いやいややっているとダメなんだ。フラットな世界は楽しむ奴が勝つ。

野心のない日本

野心のない日本

“期待を創る”の裏返し。
予想のできるものにしか投資しない。予想のできないものにはリスク最小化を図る。
結果的に近視眼的になるし、小さいものになる。
ちょっと目先の新しいめの小さいことばかりで、大きい結果は望んでないんだ。

何ができるか、何がでてくるか、ワクワクするほどのビッグイシューはリスクが気になってしまい、今いる立地の中の話か、ちょっと染み出した陣取りしかできない。
それこそが最大のリスクとなっている立地にいることに気づかない。